「果実」
とある昼下がり。食堂でなんとなく本を読んでいた彼がふと目を上げると
一房の葡萄を持った恋人が入ってきたところだった。
「その葡萄、どうしたの」
「さっき街で果物屋さんの前を通ったらサービスでくれたんです」
いつもの花のような笑顔で彼女が答える。恋人に向けるいつもの笑顔。
たわわに実った葡萄の黒紫と彼女の白い指が鮮やかな対比を生み出し、目を奪う。
「ひとつ食べます?」
ベビーフェイスにあまり似つかわしくないぽってりとした艶めく唇から
流れる可愛らしい声。いつもの彼女の声。
「本当はおやつに皆で食べようと思ってたんですけどね」
彼女はいつの間にか恋人の隣にきてちょこんと座っていた。
「せっかくですからちょっとだけ2人で味見してみましょうか」
ひょいと葡萄を持ち上げ、彼の目の前に突き出す。
「でもちょっとだけですよ、殿下」
ひとつ、房からよく実った果実をもぎ取りそれを唇で支えると、
彼女は小悪魔のような笑みで彼の顔に自分の顔を少し近づけた。
そのまま葡萄に歯を立てる。ぷちん、と皮がはじけて甘い果汁が湧き出てくる。
「半分、食べちゃいます?なんちゃって」
「ああ、それじゃ半分もらおうか」
残った葡萄に唇を寄せる。彼の恋人は反射的に目を閉じる。自分から誘ったのに
ほんのりと頬を上気させてしまうところがまた可愛らしい、と彼は思った。
唇の距離が近い。半分覗く葡萄の一粒だけがこの距離を支えている。
そのまま葡萄を噛み切ると、恋人の甘い唇に自分の唇をそっと重ねた。
葡萄よりも、ずっと甘い口づけ。
「もう葡萄の味見はおしまい…」
恋人の唇から零れる吐息は葡萄よりもずっと甘い。
「でもまだ甘いの、残ってる」
今度は、味わうように口づけた。
ちょっとSSつけてみました(`・ω・´)
あえて名前を表記しない文章で書いてみましたよ(・ω・)b